CULTURE

2022.05.25

自分の感情をちぎり画仙紙に刷り込む。それが「書」

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はじめてその書と出会ったとき、体が震えるようなパワーを感じた。音楽でたとえるならばソウルやブルースだ。苦しみや哀しみといったネガティブな感情さえパワーに変換され、受け手の魂を揺さぶる。その力強さ、ユニークさ、ニヒルさ。

書家・服部潤さんの書は、もはやなんでもありだ。自分の内から湧き出る言葉で自由に画仙紙を埋めていく。それは服部さんが仏教、とくに禅思想の影響を強く受けていることも関わっていた。

どこまでもつきまとう苦。生きるヒントを与えた禅

「苦が人生における最大のテーマですね」

なぜ生きるのは苦しいのか。服部さんは幼少のころから考え込んでしまうタイプだった。自分という一人の人間が苦しんでいるのだから、周りの子どもたちも同じなのだろうと思いきや、決してそんなことはなく。小中学生のときは自分と周囲の感覚のズレに悩んだという。何をやるにも頭に「どうせ」という言葉がついてしまう。やけくそな自分を変えたいと思い高校を中退後に上京した。

20代は看板屋、豆腐屋などさまざまな職を転々とする生活。本にも触れ、詩や哲学書などを読むも、ずっと抱えているモヤモヤが解消されることはなかった。

そんなときにふと思い出した書。小学生で習いはじめ、宮崎県主催の書道コンクールでは特賞を獲るほどの腕前だった。とくに情熱を注いでいたわけではなかったが、久しぶりに筆を手にして黙々と端正な字を書き写していく。その時間だけは頭も心も無になることができ、くよくよする自分から離れることができた。

どうしたって生きていかなければならない。それなら自分でも苦にならない生き方をしよう。そう決意した服部さんは日本書道教育学会師範を取得し、宮崎へ帰り書道教室を開く。

帰郷後は結婚し子どもも生まれ、物事が順調に運ぶかと思いきや、そうはうまくいかないのが人生。この時期、服部さんは人生で一番追いつめられていた。

「子どもが生まれたことで多少なりとも人生っていいよねって思えることを期待していたんです。ただ、あるとき子どもの寝顔を見ながら思ったんですよ。この子が自分と同じ性格で、自分と同じように苦しんだらどうしようって。本当にあたふたしました。それで、藁をもすがる思いで禅を体験したくなって。近所の禅寺に通うことでなんとか自分を変化させようって必死でした」

偶然か必然か、禅を思想・体験とともに味わうことで、人生だけではなく書との向き合い方が変わっていくのだった。

人生の経験に無駄なことは一つもない

自分の心を無にするため、あるいは生活の糧としてあった書。当初は字体が丁寧な、文字列も整然とした書を追求していた。しかし、禅僧である一休宗純や良寛、「○△□図」で知られる仙厓義梵(せんがいぎぼん)の書く、既存の枠からはみ出たような書と出会ったことが書風に影響を与えた。

「最初は変な書だなって鼻で笑っていたんですが、どうも惹かれていく自分がいて。気づいたのは、この方たちは借り物ではない自分の言葉を、自分の字で書いているんですよ。当時はパンクロックに出会ったような衝撃でしたよ。自分がやりたいのはこれだ! って」

それからは我流の書体による作品を精力的につくるようになった。自作の詩や絵を組み合わせるなど自由度は広がっていき、このころから個展をするようになる。

服部さんは創作活動の傍ら毎日日記を半紙に描いていた。もともとは余った墨や絵の具をその日のうちに使い切ることを目的としたもので誰に見せるつもりもなかったが、ある日知人がそれを発見し、個展が企画された。個展は盛況で、笑いあり涙ありと来場した人々の反応もさまざまだった。

「異様な空間でしたよね。他人の目に触れることは予想していなかったから、自分の素が出ているのかも。記した言葉に嘘はないから、共感したり喜んでくれる人がいるのは嬉しかった」

そして、この個展がきっかけとなり作品群を集めた初の著書『日々の閑言集』を出版することに。出版のきっかけをくれたのは、かつて駆け込んだお寺のご住職だった。

ページごとに服部さん自身の喜怒哀楽が表れ、思わず頷いてしまうもの、グサッと胸に刺さるもの、笑ってしまうものなど、個展の雰囲気がそのまま本になったかのようだ。現在は第二弾の準備が進行中とのこと。

「昔は、これまでの経験に無駄なことは一つもないよって言葉を鼻で笑っていたんですけど、自分の作品が評価されたり出版される経緯を見ていると、悔しいけれど『…そうだな』って思いますね」

文:半田孝輔 写真:田部祐徳

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服部潤

1973年宮崎県に生まれ。高校中退後上京し、職を転々としながら少年期に唯一誉められた書道を再開。日本書道教育学会師範を取得後、宮崎に帰郷する。禅への関心から座禅や説法を通じ、禅語や自作の詩など書と絵を合わせた創作を行い、2007年には宮崎市にて初の個展を開催。以後、県内各地、東京、熊本などで定期的に開催。2019年には初の著書『日々の閑言集』を発表。
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