CULTURE

2022.04.15

他人事じゃない光景を残していくため僕は写真を撮る

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人の感性はどうやって出来上がっていくのだろう。スッと心に染み渡る一編の詩、静寂ながらも強度を持って迫り来る一枚の写真、いつの間にか自分が世界の一部になっている映像。つくり手の内にある「聖域」を介して生まれる作品たちは唯一無二の輝きを放ち、鑑賞する側を魅了する。宮崎を拠点に活動する写真家グンジキナミの作品を肌で感じるとき、冒頭の疑問が浮かぶのだった。

喪失に抗うための写真

グンジキナミは宮崎県えびの市出身。霧島連山がそびえる自然豊かな場所で、家族三世代 + ペットのいる環境のなか育った。

彼の写真への興味は小学生のころに形成されていた。きっかけは母が買ってきてくれた「写ルンです」。最初は身の回りにあるものをひたすら撮ることからはじまった。

あるとき、撮るという行為に変化が訪れる。

可愛がっていた飼い犬が亡くなったことで、急に死に対する恐怖が襲ってきた。もし自分が消えてしまったら何も残るものがない。すべてが「無」になってしまうことが理解できず苦しむなかで、あることに気づいたのだった。そうだ、写真を撮れば自分の好きだったものたちが残っていく。

「なくなってほしくないもの」を撮る。彼のなかで核となる思想ができた瞬間だった。さらに高校時代には彼が写真家を意識しはじめる重要な出会いがあった。

「佐内正史さんという写真家を特集する雑誌があって、貪るように読みました。それまで僕にとって写真を撮ることは当たり前のことだったけれど、佐内さんの作品を見て『写真家』ってものがあるんだと知った。そのとき出会っていなければ今こうして活動していないですね」

卒業後は本格的に写真を学びたい。そう決意し東京の大学へ進学したが、ここで大きな挫折を経験することとなる。

東京での挫折。撮る態度に訪れた変化

大学に入り、これまでの学校生活とは異なる習慣に苦しむこととなった。

「僕、トランスジェンダーなんです。女性の体で生まれたけれど性自認は男性。高校までは制服での生活。スカートを履くことで『ボーイッシュな女の人』と見られ、それは嫌だけど楽なところがありました。けれど、大学は私服生活。服装でどういう人間かを示すことができず、自分のことを説明する場面が多くなり…。当時は自分のセクシュアリティを表現することができずに苦しみました」

人への恐怖から大学へ通うことができなくなり、失意のなか帰郷。

その後はペットショップや書店で働き、少しずつ自分を取り戻していった。とくに書店での仕事は大変ながらも自分と本との結びつきを再確認することにもなった。

その間、20代後半まで写真を撮ることから離れていた。今でこそ写真家として活動する彼が、写真に復帰した理由とはなんだったのか。それは祖父の死が大きく関わっているという。

「2016年の5月のことでした。祖父が息を引き取る瞬間を見たとき、子どものころから抱いていた死への恐怖が不思議となくなったんです。人の人生が終わる瞬間がなんとなくわかった。そのときにちゃんと生きよう、自分のやりたかったことをやろうって思えたんです。じゃあ何をするか、それは写真だって」

憧れの佐内正史さんのように写真展をしたい。独学で写真のいろはを学び、腕を磨いていった。そして迎えた初の写真展。場所は街中の喫茶店ハコニワコーヒー。見知らぬ人たちに写真を見てもらえる初めての機会だった。これを機に写真家グンジキナミの活動は本格的にはじまっていく。

他人事じゃない〇〇を、この街で

出会いが出会いを呼び、写真を活動の軸に据えながらも、音楽ユニットでの活動、ラジオパーソナリティ、演劇の出演などさまざまな分野から声がかかるようになった。

彼の活動のなかでも特筆すべきは、編集長として2020年に創刊した文芸誌『文学と汗』。執筆人は宮崎と縁のある市井の人々。著名な書き手が語るものより、同じ街で暮らす人々が語ることの方がおもしろく、そういう人たちが本という「場所」で自由に声を上げる機会をつくりたい。書店員であり読書家でもある勘が働いた。

『文学と汗』には「他人事じゃない文学を、この街で」というコンセプトが掲げられている。「あなたと同じ街に住む人、今あなたの隣にいる人が書き手かもしれない」と想像を膨らませれば読みたくなる。読書の入口をつくると同時に他者への想像力を働かせる。大きい声の裏で消えていく声がある。それをどう拾い届けていくか。かつての自分を重ねながら「どれだけ多くの人が自分のことを表現できるかが大事」と話す。

写真家としてはじまった活動は街の人たちを巻き込みながら少しずつ変化していった。グンジキナミという名はこの街には欠かせないキーマンとして認知されている。

「宮崎にも若くて才能ある人たちがいっぱいいる。絵や写真が上手だったり、映画を撮っていたり。そんな光景を見ていると街が輝いていていいなって思うんです。それらの活動をどうやったら応援できるのか最近よく考えています。自分が写真家だから、という目線でもあるけれど、今は一人ひとりがのびのび生きている姿を観察したいと思っています」

文:半田孝輔 写真:田部祐徳

グンジキナミさんが編集長をつとめる「文学と汗」の最新刊が2022年4月25日に発行されます。ご予約は下記URLまで。

https://bungakutoase.stores.jp/

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グンジキナミ

1990年宮崎県えびの市生まれ。写真家として活動する傍ら、映像・デザイン・執筆なども手がける。
文芸誌「文学と汗」編集長。音楽グループ「nuun」所属。MRTラジオ「GO! GO! ワイド」内で本を紹介中。
LINKhttps://goodnjoke.jimdofree.com/

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