CULTURE

2022.03.25

ポップスターが密かに愛聴する曲をつくれたら

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ピアニストというと少々お堅いイメージを持たれるかもしれない。しかし今回紹介するピアニスト 横山起朗は、そんなイメージを容易に崩してくれる。本を愛し、シックな装いを好む姿はまさにピアニストという印象を受けるが、イヤホンから聞こえてくるのはゴリゴリのヒップホップ。中学生のときはお笑い芸人になりたかったとも。そんな彼はピアニストのほかに小説の執筆やラジオのパーソナリティを務めるなどマルチな才能を発揮している。そんな彼はどのような人生を歩んできたのか。

独自の世界観を生み出す「今」という時間

彼がコンサートを終えたとき、客席では涙を流している観客の姿があった。それも一人ではなく複数人。奏でられる音の一つ一つが観客一人一人に寄り添って、心の奥にある感情を少しずつ揺さぶっていく。ある女性客は席を立った瞬間に、まるで今になって泣いていたことに気がついたかのような、ハッとした表情をしていた。それだけ彼の曲は、その世界に没入できてしまうのだ。

繊細さと弱さ、何かに対する恐れや儚さ、裏で見え隠れする強さ。横山起朗の曲を聴くとそんな印象を受ける。

「今、自分の目の前で起きている出来事が、もう二度とないかもしれないって感覚が強いんですよ。今『楽しい』んだけれど、それは同時に終わってしまうことも含んでいるから『悲しい』『寂しい』みたいな」

その感覚は子どものころから強く、「今」という時間に対するこだわりをずっと持ち続けているという。

横山起朗は宮崎市出身。クラシック音楽の好きな祖父の影響から6歳でピアノを習いはじめ、中学を卒業すると音楽科のある高校へ進学した。ここでの生活が彼をピアニストへと一歩近づけた。

高校では音楽の好きな同級生たちに囲まれ、クラシック以外のジャンルに興味が湧いた。そんな彼らがバンド活動を通して純粋に音楽をやることそのものを楽しんでいる姿を見た。また、カリキュラムでは専門的に音楽を学ぶものもあった。

それまで彼にとってのピアノとは、人から弾き方を教わって練習をすることがすべてだった。音楽に触れ続け、刺激される環境のなかで、次第にピアノそのものに対する興味が湧き、卒業後は東京の武蔵野音楽大学へ進学する。ここでさらに音楽へ傾倒しピアノの腕を磨き上げるも、卒業後に自分がどうありたいかビジョンが持てていなかったという。

当初は進路に焦りはなく、フリーターをしながらでもピアノを弾ければいいと思っていたが、大学を出て1年、2年と経つうちに「このままじゃまずい」という思いが込み上げてきた。バーやライターなどの仕事をしながら、また、住まいを東京と宮崎とで交互に移しながらピアノを弾く機会をうかがっていた。

ポーランドで培った自分の曲をつくり演奏する覚悟

「25歳くらいかな、そのころが一番しんどかったと思う。何かしたいけれど何をしていいかわからない状態。ピアノの腕も特別優秀ってわけじゃなくて、いつも目の前には上手い人の存在があって。その上手さって努力ではどうにもならないんですよ。生まれ持った才能というか。だから、自分の曲をつくろうと思ったんです。横山起朗といえば『これ』という代名詞が欲しくて」

誰もが知るクラシックの名曲を演奏する方が、聴いている方は喜び、確実に振り向いてもらえる。しかし、誰のものでもない、自分がつくった曲を自分の手で演奏してみたい。

そして、彼にとって大きな転機が訪れる。たまたま参加した音楽セミナーをきっかけにして、ポーランドの大学へ留学することに。ポーランドの生活は何もかもが刺激的で、ピアノの腕を磨くこと以上に、自分の内面を磨くことにつながったと彼は振り返る。

「現地の友人とコンサートをするなかで自分の曲を披露することが多くなったんですよ。ポーランドでは日本と異なって、クラシックを弾くより自分の曲を弾く方が拍手をもらえる。そして終演後にわざわざ列をつくってまで感想を言いにくるんです。感想が素直だから『せっかくいろんな情景を思い浮かべていたのに、次の曲が激しくて壊れちゃったわ』なんて言われたこともあって。そういうのも含め、ちゃんと反応が返ってくるから、あ、自分の曲を人前で弾いていいんだなって安心できた。あのときの経験は今も曲づくりやコンサートに強く影響していますよ」

帰国後は宮崎を中心として東京・ポーランドの3拠点で活動するピアニストとなった。さまざまなクリエイターと組み、楽曲を発表する場を多方面で展開することで、普段はクラシックを聴かないリスナーも獲得している。

「ポップスターになることには興味がないかな。むしろ、僕は第一線で活躍するミュージシャンが家でホッと一息つける、その人に寄り添う曲がつくりたいんです。時代の流れに左右されずに、人生の折々で聴いたときに、今このときが大切な時間となるような。一点物の器のように、代えのきかない曲をつくっていきたいですね」

文:半田孝輔 写真:田部祐徳

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横山起朗

武蔵野音楽大学を卒業した後、ポーランド国立ショパン音楽大学にてピアノを学ぶ。 現在は宮崎、東京、ポーランドを拠点に作曲・演奏活動を行い、CM やテレビ番組等へ楽曲の制作、ラジオパーソナリティなど幅広く活動する。
LINKhttps://www.instagram.com/_____inner/

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