「彼らは気に入らないなと思うと、外国人相手でもフランス語で通すんですよ。でもコミュニケーション取らないと仕事にならないでしょう。それでポケットに辞書入れて厨房に入ると、またシェフに怒られるわけです。『お前は語学の勉強に来たの?』って。三つ星クラスの店だと日本人もいるんですが、そこでも日本語で話してると怒られる。悪口言ってんじゃないかと思うらしくて…本当に気難しいですよね(笑)」
フランス修行時代の過酷なエピソードを話してくれたのは、宮崎県延岡市出身で「ふらんす食堂 Bistroマルハチ」オーナー兼シェフの八田淳さん。フランスの星付きのレストランで修行し、東京の老舗ホテルのレストランで総括料理長を務めるなど研鑽を積んだのち、故郷である宮崎でビストロをオープンした八田さん。これまでのことやこれからのこと、そして新たな取り組みについてお話を伺いました。
単身渡仏での苦労
「地方の店をメインに、2つ星や3つ星の店で働きました。ノルマンディからアルザス、スイスの国境あたりから、南フランスに行ってバスクに上がって、最後はパリ。19歳で単身渡仏したのですが、胃潰瘍になるわ吐血はするわ…ホームシックになっても当時はスマートフォンもないしで、本当に大変でしたよ。食べることも勉強のうちなので、1週間毎日、何軒ものレストランで冷や汗かきながら食事したこともありましたね…あれも辛かったな…(笑)それでようやく帰国しようかなという時に、ちょうど恵比寿のウェスティンホテルから開業スタッフとして来ないかと声をかけていただいて。それが25歳くらいの時。町場のレストランやいろんなホテルを転々として、オリエンタルランドのメニュー・商品開発にも携わらせて頂きました。良い巡り合わせで、色々な側面から料理に向き合うことができたのはとてもありがたい経験でした」
高校卒業後は怒涛の日々で、ほとんど宮崎で過ごすことのなかったという八田さん。2013年、お父様の退職をきっかけに家族との時間を作ろうと地元での開業を決めたはいいものの、フランスと日本とのギャップ、そして東京と宮崎とのギャップに頭を悩ませることもあったのだそう。
「はじめは地元である延岡でオープンしたのですが、お客さんに焼酎ないの?って言われちゃったり。食事に対する考え方というか文化が違うので、難しかったですね。その後宮崎市内に移転して、まだ模索中というところかな。こちらはツーリストも多いので。フランスから帰ってきてからも、どんどんフレンチの本質から離れていってしまうような感覚はありました。おそらく僕だけではないのでしょうが、日本人の舌や感覚にあったフランス料理になってしまって。それがまた宮崎に来て、より大きく離れてしまった。フランスと日本ではアルコールの楽しみ方も違って、ワインをテーブルの真ん中に置いて、何時間もかけて飲むのがフランス人。そういう空気感も一緒に伝えられたらいいなと思っています」
見えてきた故郷とフランスの共通点
そんな苦悩の中で八田さんが立ち返ったのは、地産地消の素晴らしさでした。「なんでも集まってくる」東京で働いている時には気づかなかった、地方のテロワールのポテンシャルの高さを再認識。農業大国であるフランスでも、地方のレストランが自家栽培を始めたり、ジビエもその土地のものを使おうという考え方が主流になり始めているのだそうです。
「少し前には福岡大学の教授と神戸大学の教授がジビエの件で来宮し、ちょうど鹿のモモ肉の大きいところを仕入れたので、捌くところを見たいとのことでいらっしゃいましたよ。福岡のホテルのレストランともやりとりしていて、都城の雉に興味を持ってくれている。実際に食べていただいて、同ホテルの総料理長も美味しいと言ってくださっていました。昔はホテルも安定供給が可能な生産者や卸しからしか食材を取っていなかったけれど、今はスポットでも本当においしい旬のものを仕入れたいというシェフが増えているようです。興味を持って視察にきてくれる方々をきちんとアテンドし生産者とのパイプを作れば、宮崎にはまだ全国的にも知られていない品質の高い食材が豊富にあるので、まだまだ大きな可能性を秘めている分野だと考えています」
いい生産者がいることを日本中に知ってほしい
現在では、八田さんがシェフとして本当に使いたいと思う食材の生産者と、全国のレストランやビストロとのつながりを作ろうと、行政と協力しながら取り組まれているのだそう。県や市が売り出したい「名産品」と、実際に料理人が求めている食材が違うという問題を解消したいと、八田さんは続けます。
「例えば都城で雉の養殖をされている方。僕は東京にいるとき長野や新潟の生産者の雉を使わせてもらっていたのですが、規模的にもクオリティでも彼らには負けません、とおっしゃっていました。僕も実際使ってみてそう思うし、県外から視察にきた方たちもその品質の高さに驚いていました。宮崎のテロワールの良さについては、先日お世話になっている先輩が出版された書籍でも紹介していただきました。いい食材はたくさんあるのに、ブランド化されていないので知名度がないんです。これからはそこに注力していかなければいけないと思っています」
後編へ続きます。
文:倉本亜里沙 写真:田部祐徳
DATE
ふらんす食堂Bistroマルハチ
〒880-0805 宮崎県宮崎市橘通東 2丁目9-14トライスター本町通りビル1F
営業時間:18:00~21:30
定休日:不定休
(詳しくはFacebookまたはInstagramをご確認ください。)
LINKhttps://bistromaruhachi.stores.jp/