CULTURE

2022.06.15

「なんでもござれ」囚われを排した先にあるオリジナリティ

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「なんでみんな『こうあるべき』ってことに囚われるんだろう」

「店のない花屋」と「夜の花屋」の2店舗から成るApricot Tearsを運営する濱川大幸さん。濱川さんは花屋になるまで書店員やフォトグラファーなどを経験し、小説だって書いてきた。「やりたいことを全部やっていいのに。一つの職業や肩書きだけで人生を進めようとすることに疑問があります」

そう語る濱川さんはこれまでどんな人生を歩んできたのか。

今を生き、なんでも試す

福岡県で生まれ、宮崎市で育った濱川さん。幼少より図鑑やテレビの動物番組が好きだったこともあり、小学生のときは昆虫博士になろうと考えていた。中学生にもなると漫画『スラムダンク』の影響からバスケ部に入るなど活発に過ごしていたが、高校では元来の集団行動の苦手さもあり不登校気味になった。しかし、自他ともに認める「明るい不登校」だったという。

学外ではバンドマンの友人とともに楽器店に入り浸る日々。あるとき、楽器店のオーナー主催の音楽イベントでライブカメラマンをすることになった。「君ならできるでしょ?」と唐突に頼まれ、撮影の経験はまったくなかったが、意外にも撮った写真はイベント後に賞賛された。はじめて人から褒められるという体験を覚え、同時にフォトグラファーとしての手応えも感じた。

その後進学のため北海道へと渡った濱川さんだったが、進学先の大学は肌に合わず早々と中退することになる。

「子どものころから夢や希望とかってそんなにない」と“今”に生きている濱川さん。

さて、大学を辞めて自分には何が残るのか。そう考えた矢先、かつて写真で褒められたことを思い出す。自分にはこれしかないかも。そう思い一眼レフカメラを片手に北海道一周の旅に出る。折しも、この年は2011年。東日本大震災が起きた年でもあった。現地でボランティアに参加しつつ、被災後の光景をカメラに収めていった。これらの経験は大きな蓄えとなり、宮崎へ帰郷後もフォトグラファーとしての活動を本格化していく。

ガンプラがものづくりの原点

20代前半まで宮崎でライブカメラマンや書店員として働き、たびたび東京や海外に滞在する生活を送っていた濱川さんだったが、あるころを境にして写真に限界を感じ、突如「辞めます」宣言をする。

「いろいろ試してきましたが頭打ちを感じたんです。それに自分よりも若くて上手な写真を撮る子たちが徐々に出てきた。向上心もなかったし、本気でやっている人たちに対して無礼だなって思って」

アルバイトで生計を立てようと思ったものの「毎日どうやって売れようと考えていた人間が普通に戻ろうと思ったときに生活に張りがない」と感じていた。起死回生のつもりで思いついたのは、かつて知人宅で製作を手伝ったこともあるドライフラワーだった。趣味でやっては向上心を持てない。ブランドを立ち上げて、人からお金をいただくことで自分にプレッシャーを与え、とことん上手くなってやろう。そうして誕生したのがApricot Tearsだった。

最初こそ人とは違った方法でお金を稼ぐためにはじめた花屋だったが、その「ものづくり」としての魅力にどっぷり浸かっていくのだった。

実はここに意外な影響を与えたものがある。それは「ガンプラ」だ。子どものころは親が厳しく、あまりおもちゃを買ってもらえた記憶がないという。そのなかでも数少なく買ってくれたガンプラ。それを製作するのは今でも大好きだという。

「花屋としてドライフラワーづくりや装花をしているうちにハマっていくものがありました。手先や指先を動かして、ものをつくることに集中できる。あれ、これはガンプラをつくるときの楽しさと一緒だぞって気づいたんです」

そこからは写真のような人から褒められたことではなく、自分の好きなものをとことん追求していこうと決心したという。

花は添えるもの、主役じゃない

濱川さんはプロの花屋として活動するなかで、大切にしていることがある。

「花は添えるものであって、主役じゃない。たとえば、誕生日に贈るお花は、贈り手の気持ちを代弁したもの。ブライダルの装花でも花嫁や花婿という主役を引き立てるために花がある。いわば素敵さを引き出すためのツール。だから僕は花を組んだりするときにはなるべくエゴを出さないようにしています。花そのものの美しさを邪魔せず、自分の手から放れたときには、花に誰かの意味が乗っかっていくように委ねています」

そうするうち、結果として濱川さんは自分への執着が薄れてきたという。花屋として「こうあるべきだ」という囚われもなく、「なんでもござれ」の精神で邁進している。

「いろんなことやってきたなかで思うのは、『花は主役じゃない』ってところがマッチしたんでしょうね。僕、根本には静かに暮らしたいって思いがあります。ずっと濱川大幸を主役として売らなきゃいけないと思って20代を過ごしてきましたが、結果だけが出づらいなかで年齢だけ重ねてた。でも、ガンプラをつくるみたいに自分の好きなこと、楽しいことをやろうって動いていたら焦りも刺々しさもなくなってきた。30代がめちゃくちゃ楽しみです」

文:半田孝輔 写真:田部祐徳

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濱川大幸

"店のない花屋"と"夜の花屋"からなるApricot Tearsを運営。2016年に福岡CARBON COFFEEにて初個展。2017年にはキャナルシティ博多にて行われた世界中から多くのアーティストが参加する「CANAL FRINGE FES.」にゲスト参加。2018年に福岡、宮崎にて個展を開き、京都一乗寺音楽フェスの舞台装飾も担当。同年からピアニスト横山起朗主催「noc」舞台装花を担当。甘党。Instagram:@yoruno_hanaya
LINKhttps://www.instagram.com/yoruno_hanaya/?hl=ja

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